2014年2月アーカイブ

松木さん的解説

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サッカーの解説で<松木安太郎>については、多方面でいろいろご意見があるかと思いますが、僕は、あれほど痛快な解説者はいないと思っています。


松木さんの解説で、一番言われるのが「うるさい」でしょう。


でも、本当にうるさいですかね?


一般的な解説者と視点というか論点が違うだけで、そもそも、分かっているような感じで話している方がよほど「うるさい」と思います。


実況でも、選手の名前を間違えたり、最近特に気になるのが、実況がプレーについて主観を述べることです。

『おいおい、あなたは何様ですか?』と言いたくなるような実況がいます。


そうじゃないかもしれないけど、僕に言わせれば、実況は実況だけしていて欲しいです。


ただ、解説は解説だけしていても駄目だと思います。

っていうか、サッカーほど分かりやすい競技で解説って必要ですかね?


以前は、オフサイドが分からないとよく言われましたが、最近はどういうのがオフサイドか、映像で何度かリプレイされるので分かりやすくなっています。


それでも、オフサイドを取り上げる人は、単にサッカーを理解しようとしないだと思います。


ラグビーのオフサイドよりよっぽど分かりやすいですし、反則もサッカーというスポーツが壊れない程度に見た目にも分かりやすいし、ゴールは1点なので、こういうのが何点で、こういうのが何点、とならないから本当に分かりやすい競技だと思います。

ただ、小さいころから親しんだ競技でないというだけで、ゴールの奪い合いという側面で見れば、本当に分かりやすい、、。


そこに、解説が必要かどうかです。


今の解説の多くは、新聞記事について本当かどうか、戦術論についての講釈、監督が何を考えているかどうか、今のプレーを選択した選手の"気持ちになって"伝えているだけで、実況も含め、他の競技のようにルールを説明することはほとんどありません。


で、そこなんです。

戦術論や監督・選手の心の中を読むのって、解説にしてもらわなくていいと思います。
なるほどな、と思うことも確かにありますが、度を超すと、なんであなたがそんなことが分かるの? 言えるの? となってきて、本当に最近はレベルの高い解説者とそうじゃない解説者が鮮明になってきました。


ちなみに、僕も解説をしたことがありますが、レベルの低い解説者でした。
もう一度やってみたいですが・・・。


しかし、松木さんは凄い。


日本代表の解説が多いのですが、自国に対しての有り余る愛情表現が、とても楽しいです。

ある意味サポーター的な感覚になるのでしょうか。

僕はそういう視点で試合を観ないので、どちらかというとすごく新鮮で、いつも「この人は勝手だなぁー」と思いながら、逆に、「分かったようなことを言うなよ」と思うことが全くない。


セルジオ越後さんが、協会や組織の制度や、育成の問題点について怒ってばかりの持論を展開するのもなかなかおもしろくて、松木さんとのコンビはベストでした。


テレ朝の中継映像もかなりレベルが高くて、そういうった中に松木さんの解説が心地いいというか、サッカーをサッカーとして楽しめる解説は感心しています。


他の局が悪いとは言いませんが、ぶっちゃけ、あり得ないカメラワークや、選手に代名詞的なフレーズを付けてテロップをわざわざ出してきたりする中継には本当に怒りを覚えます。

それをいいと思っている人たちもいるので、あくまでも個人的な意見ですが、スポーツはスポーツを通してでしか感動を得たり、興味を持ったりは出来ないと思っています。


そういうものを求めている時代だってことは分かりますが、スポーツ選手が怪我からの復帰や、闘病、家族の問題などが背景にあることは、ある意味、誰の人生にもあって、誰も順風満帆に過ごしてきた人はいません。

そうやって、テレビや雑誌で祭り上げることが、もの凄く気分が悪くなるし、実況や解説がそれぞれの感情を述べることがとても苦痛に感じます。


だから、松木さんのように、観たままをそのまま伝える。

松木さんの感情を述べるのではなく、感想を伝える、あの技術は天才的としか思えません。


日本代表が不調の時は喝を入れて、調子がいいと喜びを持って伝える。

相手チームや審判に対しても、「なんだよー」と言ってしまう、あの解説には本当にすっきりします。


そんな解説が、ソチでもありました。

松岡修三氏は少ししつこいので、やはりテニスでも解説をやらせてもらえないようですが、ノルディック複合の荻原兄弟は良かった。

何のフィルターもかかっていないってことがとても重要なんだと思います。


含みがあるような中継や感動番組が多すぎて、そういう付加価値的なもので客を釣ることが多すぎると思います。


一人一人が自分たちの目で、観たものそのままが全てであって、そこに実況や解説、製作者側の意図が反映するようなつくりこみは、その時点で嘘なんです。


松木さんは、そのままです。

観たままをそのまま伝える。

その裏にあろう何たるかなんてどうでもいい。


真実を観るということが、これからの社会とても重要です。

景気や雇用が本当に回復しているのか、日本代表は本当に強くなっているのか、オリンピック選手は本当に力があるのか、全て結果でしか分かりませんが、それぞれにフィルターのかかった情報が入ってきて、それに踊らされないように、真実を冷静に見極める努力をしなくてはいけません。


観たものをそのまま評価するには、解説は必要ありません。
実況だっていらないかもしれません。


ただ、観たままをそのまま伝え、こちらに考えさせてくれる、そんな松木さんのような解説を聞いてみて、改めて、踊らされないこと、真実を知る努力をし、やはり、自分自身の感性を信用することが最も大切にしたいと思いました。

エンジョイ!

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朝起きて、高梨沙羅の結果を聞いた時、「楽しめなかったんだろうなぁ」と思い、他人ごとなんだけど無念さを感じました。

逆に、平野歩夢や平岡卓のメダル獲得には「楽しめたんだ」と、スカッとしました。


スポーツを、、、五輪を、、、、勝負を、、、自分がトライしていることを『楽しむ』・・・これを言うと、どこかの国の過去の天皇の玄孫がしゃしゃってきそうですが・・・これ、スポーツ選手にとっては、本当に大切なことで、しかし、とても難しいことです。


勘違されやすいんですが、へらへら笑っていると言われても、本人はそう思ってない場合があるし、表現ベタな日本人の「頑張りましたが力及ばずでした」的な精一杯の表現が笑顔だってことも忘れてはいけません。


人それぞれの表現方法に他人がとやかく言うことがそもそも問題なんです。


・・・ちなみに、メダルを噛む行為を規制したのは賛同します。


さて、玄孫は置いておいて、、。



中学生を指導していて、本当に難しいと思うのは、この『楽しむ』ことを伝えられないときです。

こんなことをやってみよう、あんなプレーをしてみよう、個々のプレー一つとってみても、ユニットやチームでトライしようとしたことでも、上手くいこうが、失敗しようが、イライラしても、ケンカになっても、それが皆が好きであろう、サッカーに対して真剣に取り組んでいれば、自然と『楽しい』って感じられるもんだと思っています。


ただ、それがうまく伝わらない、、、伝えられないと言った方が、やはり正しいですね。。。


高梨沙羅や日本スケート陣じゃないけど、なんか背負い込んでいるというか、選手たちにとっての競技は、「自分が輝くための手段」であって、もちろん「メダルを取る目的」はあるにせよ、、、それは自分を表現した結果としてでしか得られない目的なのに、なぜか人のためにやってしまう。

「感謝」とかあるけど、それは結果を出した者が、その気持ちとして表わすもので、特に高梨沙羅は、最初からそれを背負い込んでいた気がしました。


中学生で言うと、監督である僕に「褒められる」ためなのか、「怒られないため」なのか、「相手にして欲しい」ためなのか、何だかわからないけど、「楽しめてない」と感じることが多いです。


そん中、ボトムアップということが盛んに言われていますが、そもそも、そんなのは理論でも何でもなくて、『楽しむ』ためには当然のことだと思っています。


<自分で考えて、計画や判断をして、実行する。>


当たり前です。


中学生なんだからではなく、小学生だって出来るはずだし、僕らの時代はそれをしなければやっていけない選手は多かったと思います。


よく「自分たちのサッカーをプレーしよう」と言いますが、僕は、この言い回しがすごく難しいと思っていて、捉え方によると、「自分たちのサッカー=ポゼッションサッカーとか堅守速攻で戦おう」、ってなってしまいます。

実はそうではなく、「自分が好きなサッカーを仲間と一緒に楽しもう」なんじゃないかなと。。。


中学生であれば、保護者がサポートしてくれて、指導者が環境を与えて、仲間と助け合う。

だから一人でやっているわけではないんですが、個人競技だろうがチーム競技だろうが、そもそも、保護者や指導者や仲間が楽しむためにやっているわけではなく、自分自身の喜びのためにやっているわけです。

で、それを見守ることが、他人の喜びになるんだと思います。


僕は指導者としてですが、保護者は親としての喜び、また、ファンや観客や報道者は応援している者としての喜びになります。


自分で考えるから『楽しみ』方が分かるし、計画するから真剣になるし、実行する『楽しみ』がわいてきます。



今回、高梨沙羅がメダルを取れなかったことは、そんなおおごとではありません。

それ以上に、彼女がどうして『楽しめなかった』のかを考えなくてはいけません。


他人は「よく頑張った」と言いますが、そもそも『楽しめなかった』彼女にその言葉は全く慰めにはなりません。

五輪ほど注目されないジャンプのワールドカップで、あれだけ勝っていたのはなぜか?


スノボハーフパイプのメダリスト2人の内、平野歩夢は程よく注目されていましたが、さすがに高梨沙羅や日本スケート陣ほどの注目はされていなかったし、好きな音楽を聴きながらプレイできる競技だから、周りの声や雰囲気はシャットアウトできたってのも大きかったと思います。


プレッシャープレッシャーと言いますが、プレッシャーなんて「自分が好きなことを楽しむ」と思っていればそんなもの感じません。

好きだったことが上手くいって、評価されて、、、そしたら、またリセットして、また好きなことを続ければなんの問題もない。

評価=結果=過去のもの、ですから、過去のものにしがみつく、過去のものと今を比べるからプレッシャーになるんだと思います。


随分話がそれてしまいました。。。


スポーツにおいて、選手が『楽しむ』ことを否定してはいけません。


僕たち周りの他人は、選手から『楽しませる』ことを奪ってはいけません。


もちろん、結果は大切ですし、勝負である以上勝つことが重要です。
しかし、それが全てではありません。


人生が毎日プレッシャーだらけだったらどうでしょう。

今の日本社会の問題でもありますが、毎日毎日追われた感じで生きているって苦しいです。

でも、そこに何か『楽しみ』をみつけることが僕らにはできます。


スポーツ選手の『楽しみ』はそのスポーツです。


選手自身が、そのスポーツを『楽しむ』工夫をして、私たち他人がサポートする。


僕にとって、高梨沙羅の結果は、選手から、『楽しませる』ことを奪ってしまったらこんな結果になっちゃうんだよ、という戒めになりましたし、改めて、『楽しむ』ことを伝えていかなければいけないと思いました。

ソチ

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実は、冬季競技にはそれほど興味がないのですが、やっぱり、情報としてはそれなりに入ってくるので、少しだけ気になったことを...。


まず、開会式でトーマス・バッハIOC会長の「界の政治指導者にこう申し上げます。国民のアスリートを支援してくださっていることに感謝します。かれらは国の最高の選手たちです。敬意、寛容、卓越、平和という選手たちのオリンピックメッセージを尊重してください。意見の違いがある場合には、選手の後ろに隠れるのではなく、平和な直接的な政治対話によって解決する勇気を持ってください。」というコメントには、共感しました。


どうやら、異例のコメントだったらしいのですが、スポーツが政治の道具になってはならないという、根本の考えを述べただけでも、非常にインパクトはありました。


サッカーの世界では、1992年のヨーロッパ選手権で、ユーゴスラビアが、内戦によりその大会への出場資格をはく奪され、代わって出場したデンマークが優勝したことは、大きな事件でした。

ユーゴという国が崩壊したのですが、それは、政治家や民族意識丸出しの人々の勝手すぎる戦争によってのもので、サッカー選手には・・・全く出ないにしろ・・・ほぼ関係のないことだったはずです。

それを、「国際試合禁止」とかいう理由で、参加できなくなってしまったユーゴの選手たち、、、僕はいまだになんでだろうと思っています。

これは明らかに、政治の問題をスポーツに置き換えた、問題の多い制裁で、実際、その後、内戦であろうが戦争であろうが、そのことがスポーツに関係することはなくなってきました。

そもそも、このことでスポーツが出来ないなら、アメリカなんて制裁だらけです。
あれだけ他国に戦争を仕掛けてるんですから、、。


話がそれましたが、国を代表する政治家が、選手の背後に隠れるというダサダサな行動に出たことは、まったくもって恥で、、、そういった方々、確か支持率低いですよね?


この辺で・・・。


さて、上村愛子です。

残念ではありましたが、これは、この競技をやったことがないと分からない問題だと思います。

日本人としては、「なんでだよー」と当然そうなりました。

でも、サッカーをプレーしたり、サッカーに合わせた身体を作ったことがない人が、何をどれだけ言っても、「言うのは簡単」となります。
そのスポーツをやったことのある人にしか分からないことがあるように、観ているだけでは全く分からないことって、たくさんあると思います。

ましてやオリンピック選手ほど突きつめていなければ分からないものがあって、もっというと、突きつめてトレーニングして準備してきても、結果として「なんでだろう」って思うことがあるように、俯瞰するというか、客観的に自分と他人を比べたり、他チームと比べられるのは、負けた時です。

それが、成長につながって、上村愛子はここまでやってこれたんだと思います。

まぁ僕がこんなことを偉そうに言うのも、とても僭越というか、恐縮なんですが・・・。


さてさて、そのモーグルの採点ですが、つまるところ、上村愛子の動きが、今の主流ではなかったそうです。


エッジを使ったスキーの技術は上村愛子が断トツ!
しかし、上体がブレているかどうかという点で結果が分かれてしまったようです。

難しいですね。


僕は、モーグルはそもそもスキーですから、スキーの技術力が高い方がいいはずなんですが、しかし、得点を争う競技ですから、結局のところ、きれいかどうかがポイントになってしまったんだと解釈しました。


結局、本質というか、原理原則というのか、『目的』は何か?『目指すべきもの』は何か?なんです。


サッカーでいえば、ゴールそのものがゴールです。
得点を奪うこと、、、それが、ゴラッソだろうが、泥臭かろうが、1点は1点。
ポゼッションサッカーだろうが、リアクションだろうが、攻撃的だろうが、亀のように守って守ってセットプレーからの得点だろうが、1点は1点。


上村愛子が「すがすがしい」と言った本当の心理は分かりません。

ただ、自分が突きつめてきたものが、決勝という舞台で、あと一歩のところまでいっていた。
上体をブレないようにしようと思えば、出来たかもしれないけど、スピードが落ちたり、スキーの技術が落ちたり、エアがより高く跳べなかったり、、、そうではなく、自分がやってきたことを出し切った結果、モーグルという競技の本質の部分で、上村愛子が捉えたものが4位だったのではないでしょうか。。。

そこまで切り替えるだけの余裕がなかったのか、スキーヤーとしてのプライドだったのか、何においても、その結果として本人が満足しているのなら、国費がどうとかではなく、十分称賛に値する「笑顔」だったと思います。


話はそれますが、国費がどうとかというのも、そもそもスポーツ選手が満足に競技に集中させてやれないにもかかわらず、こういう時ばかり「国費、国費」ってのはどうなんでしょうかね。。。


各国の首相がオリンピックの開会式を欠席しました。
オリンピックとは、「いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神を持って相互に理解し合う」ことであり、政治の道具に使ってはいけないのです。


目的は、スポーツを通してリスペクト→お互いを理解し合うことだと思います。


その機会を自ら失った方々に、一国を代表する資格ってあるんでしょうか?


手段が目的にならないように、スポーツ選手は日々戦っています。

上村愛子は、メダルを取るための手段として、スキーヤーとしての技術で挑みました。
結果はどうあれ、この潔さがあの笑顔になったと思います。


上村愛子にとってのモーグルという競技の目的が、そこにあったのなら、3位だろうが、4位だろうが関係ありません。
そんなのは、単なる結果(過去のもの)ですから、、。



結果には悔いがあるけど、自分と向き合った時間には悔いがなかったと、そういう思いをもってああいうコメントの言える選手を育てたいですね。

背番号

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『10番』を希望した本田には、なんていうんでしょうか"かわいらしさ"的なものを感じました。


プロになる前から、ずーっと『10番』が好きだったようで、ポジション的にも違和感のないその背番号に、世界的ビッグクラブで背負うって、これは結構すごいことだと。。。

日本代表でも、本田の『10番』問題が話題になった時期がありましたが、これは、ちょっとした事情があることを知ったので、今は納得しています。。。


しかし、最近、その背番号をあまり気にしないというか、こだわらない選手が増えてきました。


「何番がいい?」って聞いても、「何番でもいいっす」って返ってきて、なんか張り合いがありません。

どっちかっていうと、私の方から「この番号を託すから、、、」といったふうで、本当はもっとガツガツときてほしいんですが、、。


アンテでいえば、西澤の24、髙橋の19が完全に希望です。


世界では、付けたかった背番号を既に付けている場合は、あえて奪い取ることはせず、大きな番号を付けたり、足し算したら「10」みたいな工夫をしたり、別なこだわりを表現することがあります。

中には、奪い取った選手もいますが、、。

また、契約時に、クラブ側が背番号を条件に入れることもあって、依然として、選手にとっての背番号というのは重要なものだと思います。


先ほどの話でも「託すから」と与えられた番号を、自分の代名詞に変えていくという想いをもってくれる選手もいますし、サッカーではありませんが、ヤンキースに入団した、田中将大投手がいくつかある背番号の中から『19番』を選んだっていうのもあって、一概に、背番号にこだわりすぎるのがいいとは思っていません。


ただ、メディアの報道というのは本当にひどいもので、時期を同じくして移籍が成立した本田と田中将大投手の<背番号物語>を比較していたんですが、『10番』を希望した本田を悪、『19番』を選んだ田中将大投手が善、な記事には、バカバカしいとしか思えませんでした。


選手にとっての背番号は、どんな理由で付けるにせよ、結果的に代名詞にもなるとても重要なものです。


「あの17番の選手さぁ」とか「このチームの9番には気をつけろよ」とか、チーム間でも、サポーター間でも飛び交うのが、まず背番号です。


背番号以外では、目立つという理由で、中田英寿や本田が髪の毛を金髪に染めたというのもありますが、、、それ以上に、目に留まるのが背番号です。


一新聞記者が、ああでもないこうでもないというレベルの話ではありません。


私にも、こだわりのある背番号があって、それを託すときはそれ相当の選手にと思っています。

それが上手くいかないときもありますが、、、背番号を付けて試合に出るスポーツであれば、その背番号はどの立場であっても大切なものになります。


久しぶりに、スポーツ新聞の小ささというか、記者の不勉強さというか、、、なんか、アホじゃないの?と思ったので、怒りを書いちゃいました。


落ちがなくてすいません。。。

堅守速攻

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全国高校サッカー選手権大会、インカレ、そして、天皇杯、、。

今年、その大会のすべてに共通して飛び交っていたのが、「堅守速攻」という言葉でした。

ヨコモジにすると、リアクション...ひらたく言うと、カウンターサッカーということです。


つまり、負けないサッカー、、、点を取られないことを前提とした現実的なプレーを選択するサッカーです。


「堅守速攻」は、高校サッカー選手権やインカレなどで勝ち上がるための套手段であり、天皇杯などで拮抗した者同士が戦って、タイトルを勝ち取りたいと思えば、正直、ベストな戦術になります。


一発勝負のこのような主要な大会は、日本のスポーツ文化の柱であり、その多くの歴史を支えてきました。

ただ、その先にある、代表の強化や、日本のスポーツ文化の発展には不向きであり、もっと掘り下げると、体罰問題の温床という意味からも、サッカーはいち早く、というか世界の当然の流れに近づく形で、徐々にリーグ戦文化へと移行しました・・・移行中です・・・この部分、世界の主要国からは何十年も遅れています・・・。


なんかこう書くと、「堅守速攻」が悪いもののように感じられますが、決してそうは思っていません。

むしろ、日本代表の進むべき道だとさえ思っています。

ほとんどが日本代表より強国にもかかわらず、どの対戦相手にもボールを保持して主導権を握るサッカーを展開するって、結構大変だし、そんなのスペイン代表くらいしかできないです。


アジアの中では、主導権を握ったサッカーを展開できると思いますし、 南米や欧州のいくつかの国に対しても可能だと思います。


しかし、昨年のコンフェデやウルグアイ代表戦は衝撃でした。

「攻めさせておいて」ボールを奪ったら一気にゴールまで。。。


圧巻でした。


日本代表が最後に「堅守速攻」で戦った試合で記憶にあるのは、南アフリカW杯での、パラグアイ代表戦です。

しかし、日本代表は無得点無失点という結果、PKで敗退してしまいました。


そもそも、この試合に関して言えば、明らかに戦術的なミス、スカウティングの失敗だったと思います。

それまでの戦い方が、リアクションであったのはグループリーグを突破するためで、もちろん、もっと上を狙っていたんでしょうが、パラグアイ代表FWに、すごくスピードがあって、決定力のある選手はいなかったのに、それにもかかわらず、ボールを保持して主導権を握ろうとしなった・・・ここに問題があっただけです。

自分たちの力をしっかりと把握して、相手をリスペクトさえすれば、ちゃんと使い分けられると思います。


代表なんですから。。。


ただ、高校サッカーや大学サッカー、Jリーグくらいのレベルで、「堅守速攻」じゃなきゃ勝ち上がれないっていうのは問題だと思います?

しかも、リーグ戦でもそうやって勝点を積み上げてきたって・・・言っちゃう?それ・・・。


勝つためだけのサッカーってやってて面白いですかね?

観客や選手の家族はそれで満足かもしれませんが、私は満足できませんし、多くの選手が"割り切っている"だけで、満足していないと思います。


現実的なサッカーって、、、じゃあポゼッションサッカーって非現実的なんでしょうか?


まぁバルセロナを好きなのはいいですが、バルセロナのサッカーをやろうとする考えは非現実的だと思いますが、、。


僕は、「勝つためだけのサッカー」を選択するのではなく、「勝負するサッカー」を選択して欲しいし、そう指導をしていきたいと思います。

自分たちが強くなるため、上手くなるため、楽しみを追及するため、、、何でもいいけど、サッカーの醍醐味ってやはり攻撃であり、ボールをどうやってゴールに運ぶかだと思います。

もちろん、1v1でボールを奪うのが好き、空中戦でヘディングで勝つのが好き、っていう選手もいますが、その選手たちだって、ゴールを目指して戦っているわけです。

守れば守るほど、そういう気持ちになれなるほど、実は守れないもんなんです。


学生や、まだ先のある高校生なんかが、「堅守速攻」を自分たちのスタイルって言いますが、寂しくなりました。


勝つためだけにサッカーを追及するんじゃなく、勝負をするからサッカーは楽しいんです。

だから、国の代表なのに、日本代表は浮き沈みが激しく、それはそれでみていておもしろいんですが、しかし、それはそれでどうなんでしょうか・・・?


サッカーを愛し、サッカーを指導しているものとして、少なくとも、携わった選手には、「堅守速攻が僕らのスタイル」なんて言わせたくありません。

ベッカム獲得!

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「アンテロープ塩尻が、今季終了までベッカムと契約」


ってなったらどうですか?

もちろん、現実の話ではありませんが、もし、本当にそうなったら...考えるだけワクワクします。

昨シーズン、たしか、石川遠征で、Topの選手たちとそんな雑談をした記憶があります。

みんなワクワクしてました。


そんなことを、C大阪がやりましたね。

「フォルラン獲得」には、正直、『先を越された』と思いました(笑)


まず、その経済効果は計り知れません。

世界的なスターですから、メディアの取り上げ方や、クラブのマーケティング戦略もかなり大胆になると思います。

観客動員数もアップするだろうし...J2じゃないってのが残念ですが...、地上波での放送も増えるかもしれません。

なにより、子どもたちにみてほしいプレーがたくさん出てくれば、それだけで、日本サッカー界に貢献したことになると思います。


これこそが、Jリーグがやらなければいけないことではないでしょうか?

札幌が、小野伸二の加を表しました。

あまり目立った報道はありませんでしたが、J2にとっては非常に大きなことだと思います。

昨シーズンの山雅vG大阪の観客動員数を考えれば、今年はそれに匹敵する動員数が期待されますし、そのプレーを子どもたちに一目みせたいと思わせてくれる選手を獲得した札幌には、敬意を表明したいほどです。


話を戻しますが、Jリーグの問題は、とにかく、Jリーグだけが儲かってしまうシステムであるということ。

クラブは自分たちで努力しろ、リーグへは金は出してもらうが口を出すな、というそういう感じがすごく伝わってきます。

1シーズン、2ステージ制にすることは構いません。

ただ、それが、Jが儲かるため、資金を集めるためにやるというのがなんか納得いかないんです。

たしかに、ヨーロッパのようにビッグクラブだけが儲かるようなのもどうかとは思いますが、それにしても、クラブライセンス制度を導入したり、資金的力での弱者が降格や消滅をしてしまう可能性があるのってのも、不思議です。

Jには豊富な資金があるのに、それを集めるだけ集めて、いざとなったら助け船を渡さない...手綱はJが握っている...。

不思議です。

もっと深く入り込めば、また違った意見になるのかもしれませんが、現段階では、私にはそう見えて仕方ありません。


だからこそ、C大阪の気概にはとても感激しました。

Jリーグがどうこうではなく、クラブとして何を目指しているのか?

私がいろいろ言いうことではありませんし、どこのクラブも、目標はしっかりしていますが、でも、こんな大胆な、守りを固めず攻めに出る、リスクを背負ってでもクラブやJ、日本サッカーをを盛り上げようとする、こういう強い姿勢のあるクラブっていったいどれくらいあるでしょうか?


観客動員数が減ってきているから、2ステージ制なんでしょうか?

選手の海外流出が増えているから、Jのレベルが下がっているんでしょうか?


Jリーグは世界でもまれな、健全経営のリーグです。

それはそれですごいことですが、でも、それって、世界の中の日本の立ち位置と一緒じゃないですか?

リスクを恐れて前に進めない国が、世界の中で大きなインパクトを与える国になるでしょうか?

大阪のアクションは、世界的には少なからずインパクトを残したはずです。


「アンテロープ塩尻、Cロナ獲得」

夢のような話だけど、それを話しているだけでワクワクしたり、笑顔になったり、、。


経済効果を考えたり、国際社会を考えたり、、、つくづく、サッカーっていいなぁーって思います。

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